エス・スミスのプロフィール

こんにちは!

エスの英語ライフブログを見ていただきありがとうございます^^

目次

プロフィールを読んでくださっている皆様へ

はじめまして、アメリカで働く主婦のエスと申します。

これまで、「アメリカ人彼との国際結婚を実現させる!」ということを目標にこのブログを書いており、2018年に無事にここアメリカで国際結婚を果たすことができました。

ブログを運営する過程で、既に国際結婚をしている先輩方、国際結婚に憧れている方、海外移住、英語に興味がある方等、色んな方とのご縁がありました。

皆さんからは、心温まる応援メッセージをいただいたり、同じ共通の趣味の話題で盛り上がったり、自分が夢を実現していく上で沢山背中を押していただき大変感謝しています!本当にありがとうございました^^

直感に従ってみたらアメリカに辿り着き、小さい頃の夢を全てかなえていた不思議なお話

このページでは、仕事も恋愛も失敗して人間辞めたくなったほどどん底にいたバツイチアラサーの私の人生が大逆転し、天職運命のパートナーを見つけて、気づけばここアメリカで理想の人生を手にしていたという話をしていきます。

私は物心付いた頃から海外ドラマが好きで、海外に住んでみたい!海外で仕事をしてみたい!外国人の人と結婚して毎日ラブラブで幸せな生活を送りたい!という漠然とした夢がありましたが、まさか自分が本当にそんな人生を歩めるとは思ってもみませんでした。

今はこれらの夢が全て叶って、アメリカ人のパートナーとカリフォルニア州で暮らしています!


(ココ↑アメリカの西海岸にある州。日本の北海道から九州くらいの長さです)

一日の生活スタイルはというと、私はもともと低血圧なので、朝は自分が起きた時間から1日がスタート

基本的にはお家で仕事をしていますが、気晴らしをしたい時は、近くの公園やビーチに出かけるときも。

夕方になると旦那さんが帰ってくるので、一日に起きた出来事をシェアしながら一緒に晩御飯

その後は、ホームシアターで映画やドラマを見て一緒にお風呂に入って寝るのが日課です。(ちなみに、今映画でハマッているのは、グレイズアナトミーという医療系ドラマ)

休日は、お友達とレストランで食事したり、彼と車でロードトリップ旅行に出かけています。

ヨセミテ国立公園

小さいけど一応ハリウッド

ロスのビーチ

ネバダ州のスキーリゾート

恋愛も仕事も失敗した山あり谷ありジェットコースターのような人生

今でこそ、自分の好きな場所で自分のやりたい仕事をして、大好きなパートナーとも毎日幸せに過ごすことが出来ていますが、ここに至るまでの私の人生を振り返ってみると、かなり波乱万丈でした。

自分のやりたいことがわからず、身体や心を壊して会社を転々としたり、外国人のパートナーと結婚して離婚したり・・・

もう色んなことがうまくいかないので人間として生きることが辛すぎて、部屋の窓から見える空を眺めながら「雲になりたい」と本気で思っていたこともありました(笑)

それでも、人生なんとかなるもんですね。
今では、過去起きた大変だったことも全てひっくるめて、全ては今の幸せのために必要だったことなんだなと思えます。

なので、もしもあなたが昔の私のように「仕事」や「恋愛」で満足していない状況にいて、「今の生活を変えたい」「自分の人生をもっと充実させたい」「理想の生活を送りたい」と思っているとしたら、自分が今までやってきたことが少しでも役に立つかなと思い、プロフィールに今までの人生の過程をまとめてみました。

これを読んでいただければ、「私がどんな人間なのか」ということもざっくり知っていただけると思います。

下記が私の人生ストーリーです。
↓ ↓ ↓

思えばアメリカという国に憧れを持ったのは、小学生の時だった。

そもそも私がアメリカに興味をもったのは、小学生の時に見ていた「フルハウス」という海外ドラマがきっかけでした。

画像元:https://www.theverge.com

フルハウスは、アメリカのサンフランシスコを舞台に、妻を亡くした主人公のジョンが、男友達3人と3人の娘達を育てていくという、愛や友情を描いたファミリードラマ。

私が幼い頃にこのドラマを見ていて何より印象的だったのは、「アメリカ人の自由な自己表現」でした。

ドラマの中では皆、思ったことは口に出してバンバン言い合うし、意見が違えば気が済むまで話し合います。

そして、家族や恋人の間では、「I love you(愛してるよ)」という言葉が日常で当たり前のように使われていて、恋人同士はもちろん、友達間、家族の中でもキスハグするシーンが沢山出てきます。

自分がそれまで生きてきた中で、自分の両親が「愛してる」と言い合うことや、手を繋いでるところさえも見たことがなかった私には、かなりの衝撃的映像

茶の間でポテチを食べながら、一人でカルチャーショックを受けたことを覚えています。

そして子供ながらに、

「お互いの気持ちや愛をこんなにストレートに伝えて理解し合えるのって素敵だな。」
「いつか自分も、パートナーとこんな場所に住んで、友達、家族とそんな関係がつくりたいな。」

と、アメリカに対してとても強い憧れを感じていました。

家族の中でも落ちこぼれで勉強が出来なかった学生時代

私の家族は、父、母両方が国立大卒の公務員で、兄は東大卒

頭が一回りでかい兄に脳みそを持っていかれたのか、家族の中でなぜか私だけは勉強が苦手の落ちこぼれでした。

小学校の時は、休み時間に外で遊んでいた記憶しかなく、中学生の時も、偏差値は平均以下

国語、数学、英語、社会、理科、どの教科も、「これが私の人生の何の役に立つんだろう」という疑問がぬぐえず、全くと言っていいほど興味が湧かなかったので、授業中は常に先生に隠れて友達と手紙交換したり、ノートにお絵かき。

特に苦手な数学に関しては、勉強するのが苦痛すぎて補習塾の先生に思い切って聞いてみたこともあります。

私「先生、この数学の公式って人生でどんな役に立ちましたか?」

先生「うーん、犬小屋建てる時くらいかな。」

犬小屋、、、

将来建てるかもわからない犬小屋を建てる時のために、こんな公式頑張って覚えて問題解いてるのか・・・

先生の回答にさらに勉強のやる気をなくしてしまった私は、とりあえず目の前の現実を生き抜くために、気合で問題を丸暗記しました。

もちろん、テスト後には全てきれいさっぱり頭から消えてましたが。

勉強嫌いだった私が10代で唯一頑張った教科

そんな中で唯一私が興味をもった教科が英語

というのも、学生時代に、中国、アメリカ、メキシコにホームステイをする機会があり、その時に会った現地の人達と英語を使って会話したことがすごく楽しかったからです。

もちろん、当時は英語もほとんど話せない状態だったので、カタコトの英語とボディーランゲージでの会話。

ホストファミリー「What kind of Japanese foods do you like?(好きな食べ物は何?)」

私「ahhh,,,Japanese food,,,(えーーっと、、ジャパニーズフード、、) Ramen!(ラーメン!)チュルチュルチュルチュル(←ラーメンをすするジェスチャーとサウンド)」

ホストファミリー「Oh you like noodle! I love noodle,too(あら、あなた麺が好きなのね!私も麺が好きなのよ!)」

こんなブロークンな会話しかしてなかったのですが、国や文化が全く違う人達と英語を通して心が通じ合ったということに大感激

当時の私にとっては、外国人と会話することは、宇宙人と会話するのと同じくらい未知の世界でワクワクする体験だったのです!

この学生時代の異文化体験をきっかけに、

「いつか英語が話せるようになったら、世界中に沢山お友達や家族を作ってタダで観光したいな~~」

「ついでにかっこよくて優しい外国人の彼氏も欲しいな~」

という、こんなやや不純な動機が自分のモチベーションになって、高校、大学の時にはとにかく英語を頑張りました。

本当は高校時代にアメリカに留学して英語を勉強したい!と思っていたのですが、厳格な父親からは「危ないから駄目」と反対され、許してもらえず(涙)

ならば自分で何とか勉強しよう!意地でも話せるようになってやる!!!

そう思って英語を猛独学した結果、「Hello, how are you? I am fine, thank you.」レベルの英語力から、TOEIC850点レベルにUP

日本に留学や仕事で滞在していた外国人の人達と、お互いにジョークをいって大爆笑できるくらい英語がペラペラ会話できようになりました。

英語が話せるようになった私はすっかり自信がつき、「将来は大好きな英語を使って世界中の国の人達とお仕事が出来たらいいな~」等とキラッキラの未来を想像していました。

・・・が・・・。

こんな夢とは裏腹に、私は目の前の現実を生き抜くのに必死でした。

進学、就職、結婚、どちらかというと、「やりたいこと」よりも「正しいこと」に合わせていた人生

つい数年前までの話ですが、私はとにかく小さい頃に周りの人や親、先生から教えられた「正しいこと」と言われるようなことばかりを頑張ってやってきたように思います。

勉強していい点とりなさい、親や先生、目上の人の言う事を聞きなさい、空気を読みなさい、正社員雇用で安定した会社で働きなさい、結婚して夫に従って家庭を守りなさい、等々。。。

誰もが1度は聞いたことがある言葉じゃないでしょうか。

本音はというと、私は小さい頃からこういった「皆と同じことを同じようにしましょう」という日本独特の風潮に対して、「何で?」という疑問がぬぐえず、息苦しさや違和感を感じていました。

でも、合わせないと周りに迷惑をかけるとか、周りと同じことしないと生きていてはいけないと本気で思っていたので、出来る限り周りの人の言う通りにすることに。

高校や大学では意味のわからない公式や単語をぎゅ-ぎゅー頭に詰め込み、大学でも一生懸命勉強してそれなりにいい成績を取り、親が望むとおりに新卒で地元の企業にも正社員として就職、結婚をして夫にも尽くす毎日。

周りに言われてきた「正しい」ことをする中で、「自分の幸せ」や「やりたいこと」を見つけようと必死に努力していました。

そういうわけで、周りの皆と同じように、「高校受験をして、大学に進学し、会社に勤めて、結婚して・・・幸せになりましたとさ!めでたしめでたし!」というエスカレーターの人生を歩もうと努力したわけですが・・・・

仕事も恋愛も、なかなか自分が思う通りにはいきませんでした。

自分の夢ややりたいこととはかけ離れた生活をしていた20代

仕事に関しては、自分のやりたい仕事というのがいまいちわからず。

「英語だけじゃ食っていけない」という親や周りの声に従って、とりあえず正社員雇用で福利厚生が整っている地元の会社に入社。

ところが蓋を開けてみると、この会社は、月に1回~3回は西日本各地への転勤があり、業務内容も1日中家を訪問して飛び込み営業するようなバリバリ体育会系のブラック会社。

仕事ができない社員は仕事ができる社員から嫌味を言われながら肩身が狭そうに働いており、月30万、40万とバリバリ稼いでいる先輩社員は皆、胃薬や偏頭痛の薬を飲みながら働いていました。

ちなみに、アラサー、アラフォーの女性社員は、ほぼ独身

ここに自分が目指す未来はあるんだろうかと違和感を感じながらも、会社のために一生懸命働くことは正しいことだと思っていたので、毎朝6時起きで会社に行き、20時21時までがむしゃらに業務をこなし、休日も仕事に捧げる生活を続けていました。

会社の人間関係は良かったし、自分が頑張った分だけ営業成績は上がり、周りに必要とされていることは感じたものの、その成績を維持し続けなきゃ、周りの期待に答えなきゃというプレッシャーで常に心は不安定

勤めて半年で偏頭痛が始まり、それでもそのまま働き続けていたら、10ヶ月目で急性腸炎になり救急車で搬送。

そこで若干冷静になった自分は、「このままこの会社にいたら、会社の役にはたてるかもしれないけど、私は一生結婚できない気がするし、結婚してもきっと早死にする!」という危機を感じ、上司からの必死の説得を振り払って会社を退職しました。

新しい会社で、新たな人生をスタート!

そして、営業職に懲りた私が次に選んだ仕事は、正社員雇用で土日祝休み、残業代ありの事務職

しかしそこは、朝から晩まで社員同士の会話が業務事項以外はほぼなく、会社というよりまるでお通夜の会場

社員は社長以外は全員女性社員で、それぞれ派閥があり、飲み会では上司やその場にいない社員の悪口を言い合うという、誰が敵か味方かもわからないグッチャグチャの人間関係

この「女社会のドロドロ」がテーマのドラマ撮影のためにセッティングされたような環境の中、先輩社員に目をつけられないようになるべく目立たないようにしてして、毎回マニュアルに書いてある文字を朝9時から夜の20時まで永遠と繰り返す自分は、ロボットになった気分でした。

会社に入ってすぐに、「何かここって自分の居場所じゃない気がする」と思いましたが、それでも会社に行ってちゃんと働かなくちゃという義務感だけで、無理やり身体を引きずって通勤していまた。

「会社に隕石落ちてこないかな」と毎日願いながら会社に通い続けた結果、毎日朝方の3時頃まで寝付けない不眠症に。

夜は、コンビニで買ったケーキやポテチ、チューハイを暴飲暴食して、3ヶ月で体重8キロ増。休日は昼の12時過ぎまで寝て、その後はベッドの上で過ごすような引きこもりの毎日。

たまに親や友達に誘われて、高めのレストランでコース料理を食べたり、買い物や映画鑑賞をして気晴らししようとしましたが、もはや「楽しい」や「美味しい」等の感覚が全く感じられなくなっていました

身体は物理的に生きていたけど、心は完全に死んでいたんだ思います。

そんな日が続いて4ヶ月目。遂に会社に行くことができなくなり、ある日と診断され、会社を退職。

就職する前は、親や周りの人達から、「一度会社に勤めたら、3年は続けなさい」と言われていたのに、3年どころか、1年で2回も転職して仕事を辞めてしまった・・・

世の中の何の役に立ててもいない自分は生きている資格がないという絶望感
大学までだして育ててくれた親にも、申し訳ない気持ちでいっぱいという罪悪感

就職してわずか1年で身体も心もぶっ壊れた私は、毎日のように、「人間疲れた。雲になりたい」と思っていました。

恋愛においても相手に尽くせば尽くすほど心が離れていく毎日

恋愛の方はというと、20代前半の頃、学生時代から付き合っていた外国人のパートナーと結婚

もともと付き合い始めたきっかけは、彼のことが大好きで大好きで仕方なくて付き合った!というよりも、「彼が自分のことを好きになってくれたから」。そして、「長年付き合ったから」という理由でそのままの流れで一緒になることに。

もちろん、彼のことは大切に思っていましたし、一緒にいて楽しかったので、自分はそれを「愛」なんだろうなと思い込んでいました。

なので、結婚してからも、彼のやりたいことを応援して、自分が彼を幸せにしてあげなきゃ!と思って、日本語の出来ない彼をサポートしたり、仕事を探す手伝いをしたり、とにかく自分のやりたいことは後回しで彼に尽くす生活が続きました。

私は、最終的には彼が日本で自立して、安定した仕事について家庭を作っていければいいと思っていたのですが、文化も言語も違う日本で、彼はなかなか安定した仕事を見つけることができず。

しかも、アーティスティックな性格の彼は、ある時は「作家になりたい」、ある時は、「画家になりたい」と、地に足付かずフワフワしていました。

仕方がないので、仕事を増やして働いていましたが、家に帰るともうクタクタで、彼との時間を過ごす余裕もなく毎日ベッドに直行

彼は彼で、私からの愛が感じられないと、フラストレーションが溜まっていく一方。

もう、「どうすりゃええねん!?(怒泣)」状態。

そんなこんなんなで、お互いを分かり合えないストレスと、生活をしていくにつれてズレていく価値観から、彼に対してパートナーとしての不満を感じていました。

相手のいいところを見つけようとどんなに頭で考えようとしても、心から夫を尊敬すること、男性としての魅力を感じることができなかったのです。

「自分は本当にこの人を愛しているのだろうか」と疑いながらも、結婚したから一生添い遂げて相手を幸せにしてあげなきゃとか、結婚には我慢がつきものだと思っていたので、大変ではありましたが何とか周りの協力を得ながら結婚生活を続けていました。

ふと立ち止まって将来のことを考える度に、

「私の人生、この先どうなるんだろう?」

という、不安に襲われてたのを覚えています。

その時はもう、自分が何をしたいのかも、どこに向かっているのかもわからない、暗闇の中を手探りで進んでいるような状態。

「幸せになるために周りの期待に一生懸命答えて頑張ってるのに、なんだか空回り」という感じでした。

我慢でいっぱいの人生にようやく見切りをつけることができたきっかけ

このストレスフルな生活がガラっと変わったきっかけはというと、、、

パートナーの不倫(爆)でした。

不倫だなんて、ドラマでしか見たことがなくて、まさかそんなことが我が身に起きるとはコレッポッチも思っていませんでした。

ただでさえ、ストレスフルな生活だったのに、ストレス・オン・ザ・ストレス!

経済力がない夫のために、せめて夫の好きなことをさせてあげようと、ずっと自分の身を粉にして働いていたのに、その金は浮気相手と夫の酒代に当てられてたという。。。

キレッキレの包丁で心臓をみじん切りにされたかのように、私の心はズッタズタ。

夫の不倫が発覚してから、夫とやり直すか、離婚するというかという2つの選択肢があったのですが、ここでもかなり苦しみました。

というのも、この期に及んでも、彼といたいのかいたくないかという自分の気持ちよりも、一度結婚したのに離婚することはいけないことだ、離婚したら今まで応援してくれた友達や両親、親戚を悲しませる等と、周りへの罪悪感を感じていたからです。

私は、不幸のどん底で廃人のようになりながらも、まだそれでも周りが思う「正しい」という概念にしがみついて苦しんでいました。

自分が一番苦しかった時に出会ったのがスピリチュアルの考え方

この、結婚を続けるか、別れるかという決断においては、どうすることが正しいのかがわからず、八方塞の状態でしたが、そんな状態を救ってくれたのが、ネットで見つけたスピリチュアルの言葉でした。

「この世の中には、正しいも、間違いも存在しない。あるのは、そう思う心だけ。」

それまでの私は、周りに言われてきた「正しい」ことは、「正しい」ものだろうと思っていたので、今まで自分がやってきたことって、間違いだったの!?と大ショック。

でも冷静になって考えると、正しいと思って頑張ってきたはずの自分が、まさに今不幸のどん底にいるという自覚はバリバリあったので、この考え方は自分の腑に落ちました。

でも、そこで、「世の中に正しいことがないなら、何を頼りに決断したらいいんだYO!?」という素朴な疑問にぶち当たることに。

それに対して私が見つけた答えは、こんなものでした。

「ワクワクする事をする」

ワクワク・・・・?

ワクワクしてたら幸せになるだなんて、なんという子供だましの言葉。。。

そう思いましたが、当時の自分の状況に当てはめて考えてみました。

「今の夫とこれから一緒にいることを考えてワクワクすることができるのか?」

私の答えは、NOでした。

その時初めて、自分の気持ちに正直に向き合った気がして、ふっと肩の力が抜けたことを覚えています。

そして、自分の気持ちを知ることで、夫の気持ちも考える余裕が生まれました。

「夫のことを、尊敬していない、魅力的だとを感じていない妻と一緒にいて夫は幸せになれるのだろうか?」

この答えも、NO

このまま結婚生活を続けることは、私にとっても夫にとっても幸せな結果は得られないと思いました。

こうして、これらのスピリチュアル的な考え方や言葉をきっかけに、「自分の幸せとは何なのか?」「自分の人生どう生きたいのか?」について、じっくり考え、最終的にはこんな結論に到達。

今まで、仕事や家庭、人間関係において、「正しい」と思ってしてきたことなのに、今の自分は「幸せ」じゃない。

いうことは、「正しい」と言われていることの先には、必ずしも「自分の幸せ」はないんじゃないか。

もしそうなら、1度きりの人生、自分がワクワクすることをして自由に人生を生きてみるのもありかな。

こう思うことができ、不倫発覚から数日後、ようやく離婚を決心。

そしてその時から、今までの自分の生き方を、周りが言う「正しいこと」に従う生き方ではなく、ワクワクすること=「自分がやりたいこと」に従う生き方に思いきって変えることにしてみました。

独身になったのを機に、我慢をやめて、自由に生きてみた

一度まっさらになった自分の人生。

前のような我慢でいっぱいで報われない人生はもうコリゴリだったので、今度は自分の理想の生き方を目指すことに!

当時自分が思っていた理想の生き方というのは、「会社からの束縛を受けずに、好きな場所で自由に仕事をして愛するパートナーと支え合いながら幸せに過ごしている」という感じ。

なので、そんな生き方を既に実現している人達をネットやリアルな生活の中で探し、価値があると思うものにはお金を払ってでも話を聞いて、自分の理想を実現するために何をすればいいのかを教えてもらいました。

他にも、スピリチュアル、引き寄せの法則、占い、人生哲学等、とにかく自分が幸せに生きられそうな情報を自分の生活にどんどん取り入れていきました。

中でも自分が徹底的にやったことは、心の声に従って、

・やりたくないことをやめる
・やりたいことをやる

この2つ。
これらを、①仕事③人間関係②住む場所③趣味、それぞれにおいて自分の出来る範囲で少しずつ実践してみました。

①仕事・・・会社に勤めることをやめて、自分で仕事をすることにした

私が今まで4社で働いた中で、共通して一番苦痛だったことは、

朝6時に起きて満員電車に揺られながらの通勤、
1ヶ月前に突然言い渡される転勤、
休日返上や仕事時間外のサービス残業、

会社に自分の行動をコントロール・制限されているということでした。

ほとんどの会社では、雇用契約では1日8時間の就業とされていましたが、会社に行くまでの通勤や、上司や社員と過ごすお昼休み、定時終わりの残業や休日出勤を含めると、実際には13時間以上会社に拘束されていたと思います。

これから先、退職するまでの約40年間、ほぼ仕事で自分の人生を終えるのか思うとゾッとしました。

なので、この「人生=仕事」状態を何とか変える方法がないのか、会社以外でお金を稼ぐ方法を片っ端から調べてみることに。

自分の配下に会員を増やし続けていき配当が発生するネットワークビジネス(MLM)や、10万預けたら毎月倍に増えるというようなよく仕組みがわからない投資案件、、、

色んな情報に出会った中で、最終的に自分が「これだ!」と思ってやってみたのが、パソコン1台あれば誰でも始めることができるネットビジネス

英語が好きだったので、せっかくなら英語を使った仕事をしようと思い、海外輸出に挑戦。

当時勤めていた会社で、サイドビジネスとして始めて半年ほどで会社の給料を上回るくらい稼ぐことが出来たので、、ネットビジネス一本で生活していくことを決断。

ネットビジネスに焦点を当ててからは、輸出以外にも、アフィリエイト、スピリチュアルカウンセリング、カードリーディング等、パソコン1台あれば出来る色んな種類のネットビジネスに取り組み、興味があると思うものは全て実践していきました。

その結果、働く時間は昔の3分の1くらいになったのに収入は増えていき、時には会社員時代の給料の3倍入ってくることも。

会社員時代にあった、自分の時間をコントロールされることのストレスはすっかりなくなりました。

②人間関係・・・広く浅くの付き合いをやめて、深い付き合いを大切にした

それまでは、人脈は多ければ多いほどいいと何となく思っていたので、異業種交流会や誘われた飲み会などはよく参加していました。

スマホの連絡先は100人、200人と増える一方、仕事だけの利害関係だけで繋がっている付き合いや、飲みに行っても会社の愚痴や人の噂話で表面的な話しか出来ない浅い関係ばかり。

以前の私は、常に人に合わせてしまう癖があったので、特に興味がない飲み会にも誘われたら断れずに参加して、相手の話がつまらないと思っても、「へー!面白い~~!」と合わせてしまうことなどは日常茶飯事。

他にも「こうしたら人には何も言われないだろう」「なるべく周りから浮かないように」という基準で、常に周りに合わせて言葉や洋服、メイクを選んでいました。

でも、そういう我慢や背伸びをしなきゃいけない人間関係を続けていった結果、だんだん人に会うこと自体がしんどくなっていったんですね。

しかも、周りに合わせすぎて、「自分が本当はどう感じているのか」さえも完全に麻痺してわからなくなっていったんです。

ちょうどパートナーとの離婚を決意して、「周りに合わせるよりも、自分らしくありたい」「自分の力で色んなことにチャレンジしていきたい」という意識に変わっていたので、「その場だけが楽しければいい」「仕事で利益になればいい」「周りに合わせて生きる方が楽」というような、自分の価値観と合わない人達との距離を置いてみることに。

すると、今まで誘ってくれていた人達と会う予定が一気になくなり、スケジュール帳がスッカスカに!

カレンダーを見ながら、「私、友達いない悲しい人みたいじゃん!」と若干不安を感じていましたが、そのうち、今まで疎遠だった友達や、新しい趣味をきっかけに出会った人たちからポツポツと連絡やお誘いがくるようになりました。

彼らは、今まで広く浅い関係で繋がっている人たちとの付き合いが忙しすぎてついつい後回しになっていた、本当は自分が一緒にいて楽しめる人達自分が目指す理想の人生を実現している人達

そして気づけば、周りには自分のことを応援してくれたり、好きなことをやって生活してく刺激やモチベーションを与えてくれたり、自分の生き方に賛同してくれる人が残り、いつの間にか自分らしくいても疲れないストレスフリーな人間関係ができていました。

③住む場所・・・実家に住むことをやめて、1人暮らしをすることにした

パートナーと離婚してから、実家に住むか、一人暮らしをするかという選択に迫られましたが、私は、一人暮らしをすることにしました。

というのも、これから今までとは違う新しい生き方にチャレンジしていきたいのに、親から「あれが正しい」「こうしなさい」と言われる毎日が続けば、またきっと自分の考え方は昔と同じようになってしまうと思ったから。

そして、昔と同じ考え方で生きれば、「自分がやりたいこと」よりも「正しい」ことを頑張って、最終的には頑張ったのに「自分は全然幸せじゃない」という現実を作ってしまうと思ったからです。

このとき私は、親の思う「幸せ」と子供が思う「幸せ」というものは、全く異なるもので、親の言うとおりに人生を生きても、その先に自分の幸せはないことに気づいていました。

なので、実家に住むと言う選択肢は、自分がビジネスに失敗した時にとる最終手段として取っておいて、それまでは自分の力でなんとか生活していくことを決断。

おかげで、ビジネスに集中する環境を作ることが出来たし、親の目を気にすることなく新しい彼氏を家に泊めることもできました(笑)

親との物理的な距離は離れたので会う回数も減ったものの、たまに会える時間をお互いが大切にするようになり、親との関係は以前よりずっとよくなりました。

④趣味ーお金や時間を溜め込むのをやめて、楽しそうなこと、興味があること投資した

今までは、仕事が続かず転々と職を変える元夫に経済的に頼れなかったということもあり、「何かあった時のためにとりあえず貯めておこう」と思って、自分のためにお金や時間を使うことを我慢していましたが、それをやめて、楽しそうなことや興味があることに使ってみました。

中でも、積極的にやってみたのは、旅行

ちょうどその時期、同じ独身のお友達でよく旅行に誘ってくれた人がいたので、誘われたらとにかく行ってみるというノリで、彼女の行動力に便乗して、国内や海外に旅行に出かけることに!

【海外旅行・渡航暦】
・アジア:中国(上海、北京)、香港、韓国(釜山、テグ)、台湾(台北、台中)
・東南アジア:シンガポール、タイ(バンコク、プーケット)、フィリピン(セブ島)
・ヨーロッパ:デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、ドイツ、フランス、ポーランド、アイルランド
・アフリカ:モロッコ
・北南アメリカ:アメリカ(ハワイ)、メキシコ

旅行に出るたびに、日本とは違う景色や文化に触れ合い刺激をもらえて、子供の時の、「海外に住んでみたい」という思いが蘇ってきました。

そして、その海外旅行をきっかけに、自分が昔から好きで続けていた英語をもう一度しっかり勉強してみようかなと思うようになったのです。

とはいえ、私が住んでいた地域は外国人があまり多くない場所だったことと、私が人混みが苦手で国際交流パーティ等に出かけるのが億劫だったので、ネットで英語を使って交流できる相手を探すことに。

そして、そこで出会ったのが今のアメリカ人の夫です。

当時地元で色んな男性と出会ってご飯に行ったりしていましたが、誰と会っても面白いほどウンともスンともピンともこなかった私。

そんな中で出会った彼とは、顔も名前も知らない状態で英語の文章をやり取りしていた時から、「この人は自分の人生でとても重要な人になりそうな気がする」と、並々ならぬインスピレーションをビンビン感じました。

そして、実際に会った瞬間に「この人は自分の結婚相手だ」と感じ、自分の直感だけを信じて結婚することを決めました。

勇気を出して直感に従い、行動してみた結果どうなったか?

仕事においても恋愛においても生活スタイルにおいても、一般的には

「バカじゃないの?うまくいくわけないじゃん!」

と言われるようなことを無視してやり続け、ワクワクという直感に従って生きてきた私がどうなったかというと、、、

全てなんだかんだうまくいって、アメリカでのびのびと暮らしています。

アメリカでは、多国籍の人達が集まって共存している場所なので、「みんな違うのが当たり前」。そのため、「こうするのが常識」という概念があまりありません。

1人1人の個性が溢れている分、違いによるカルチャーショックは沢山ありますが、「個人の意見や自由が尊重されている」という自由な感じで、非常に自分らしく生きやすい感じがします。

仕事は、パソコン1つあればどこでも仕事ができるので、普段は家で働き、彼が家に帰る時間に合わせて温かいご飯を作ってあげられています。

そして、彼の出張がある時は、アメリカ各地の色んな場所に一緒に付いていってホテルで仕事をするというスタイル。


(↑ロサンゼルスのホテル)

ちなみに今アメリカで暮らしている場所は、カップル用ワンルーム(1DK/1LDK)の一ヶ月の家賃が20万~40万、中古の一軒家(家族用)でも軽く1億超える物価がバカ高い地域

そのため、海外に引っ越したばかりで自分で自由に使える収入があることにとても助かっています。

そして、出会った瞬間恋に落ちてそのまま結婚した現在の旦那さんとはというと、、、

身体も心も相性バッチリ!

キスやハグのスキンシップも毎日欠かさず、家事も手伝ってくれるし、記念日にはカードや花束を買ってきてくれて、常に「愛」「感謝」を表現してくれます。

育った環境の違いからくる「意見の相違」はありますが、ほぼ話し合いで解決。基本的にお互い言いたいことを言い合っているので、ストレスフリーでこれといった不満はありません。

直感的・感情的な私に対して、論理的・理性的な彼。お互い無い部分を持ち合わせている2人なので、お互いの良い所を生かし合って、足りない部分は補い合うという感じ。

出会いから、お付き合い、結婚してからも、彼はソウルメイト(運命の相手)なんだなぁと日々実感します。

元夫と別れた時は、「もう自分を好きになってくれる人なんて現れないんじゃないか」とか、「一生このまま独身で孤独に生きていかないといけないかもしれない」とか、ネガティブな感情が多かったですが、今は、元夫が浮気をしてくれたおかげで今の彼と巡り合うことができたので、辛かった過去にも感謝が出来るようになりました。

不倫してくれた元夫に、心から感謝!(笑)

仕事でも恋愛でも失敗した私がアメリカに辿り着き、小さい頃の夢を全てかなえていた

日本に住んでいたときは、直感よりも周りの声や目を気にして、それに自分を合わせることで忙しかったので本当に自分のやりたいことややりたくないことを無視してきました。

今振り返って考えると、私が頑張っていたことのベースには、小さい時から勉強ができなかったことに劣等感を感じていて、人一倍頑張ることで親や社会に「認めてもらいたい」という気持ちがあったのだと思います。

でも、夫との離婚をきっかけに、人や自分をジャッジすることをやめて、自分の声に従って少しずつ行動をしていった結果、色んなことがトントン拍子に運び、自分の願ったことがどんどん実現していきました。

他にも、私がうまくいかなかった状態からうまくいく今の状態に至るまで、スピリチュアルの考えを沢山自分の人生に取り入れてきました。

私自身、もともと無宗教ですし、霊が見えるとかオーラが見えるとか、生まれ持った特殊能力があるわけじゃありません。

ですので最初は半信半疑でしたが、自分が「これいいな」と思った方法を実践し続けたことで思考を現実化するコツが掴めてきたのか、「あれ欲しいな」「これしたいな」と思うことがあったら、親や友達、周りからの応援が勝手に現れて願ったことは7~9割の確率で現実化することが多くなりました。

これは自分でもびっくりしたことなのですが、私が移住した場所はなんと、小学生の頃に見て憧れていたフルハウスの舞台、サンフランシスコ

小さい頃、学生の頃に夢見ていたこと、

「お互いの気持ちや愛をこんなにストレートに伝えて理解し合えるのって素敵だな。」
「いつか自分も、パートナーとこんな場所に住んで、友達、家族とそんな関係がつくりたいな。」
「いつか英語が話せるようになったら、世界中に沢山お友達や家族を作ってタダで観光したいな~~」
「ついでにかっこよくて優しい外国人の彼氏も欲しいな~」
「将来は大好きな英語を使って世界中の国の人達とお仕事が出来たらいいな~」

これ、気づいたら全部叶ってました

そして今、夫と離婚した後に思い描いた「会社からの束縛を受けずに、好きな場所で自由に仕事をして愛するパートナーと支え合いながら幸せに過ごしている」という理想の人生を送ることができています。

もちろん、ここにくるまでに、国際結婚して離婚したと思ったらまた国際結婚したり、会社を辞めてネットビジネスを始めたり、「周りの人達とは違う行動を沢山してきた」ので、友達からの心配や親からの反対は沢山ありました。

そんな彼らも、今自分がアメリカで楽しく暮らしていることを知って、「今のSはとっても幸せそう。本当によかったね!」と言ってくれています。

実際には、仕事や恋愛で自分がしてきた決断には清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気がいりましたが、自分の直感を従って決断・行動してきて今があるので本当に良かったなと思ってます。

今後このブログで発信していきたいことは?

今後は国際結婚を含め、仕事ライフスタイルにおいて、私が今までの人生で自分の夢を実現させるためにやってきたこと、そしてやその過程で学んだことなどを共有していきたいと思います。

というのも、今自分がここに至るまでに必要だった全ての情報、、、

語の学習法、運命のパートナーの見つけ方、自分でお金を稼ぐ方法、海外で楽しく暮らす方法、etc…

私自身がこれらのものを手に入れるために使ったツールは、インターネット

自分が、「こんなことをしたいなぁ。でも、どうやったら実現できるんだろう?」と思い悩んでいた時に、ネットにある情報やネットがご縁で出会った人達に、夢の実現のための方法を教えてもらい、時には背中を押してもらいました。

ですので、自分が過去苦しんで悩んで乗り越えてきたことや、自分が経験して学んだことを発信することで、

・海外に住んでみたい
・国際結婚したい
・英語が話せるようになりたい
・自分の力で稼げるようになりたい

といった、「必要としている人に必要な情報を届ける」ことが出来れば嬉しいですし、最終的には1人でも多くの人が、自分が望んでいるものを手に入れて幸せに生きられる人生を歩んで欲しいなぁと思っています。

今の自分の人生に何かしら満足できてないと感じるあなたへ

もしもあなたが今、仕事や恋愛、人間関係において、何かしら不満のある状況にいるとしたら、過去の自分のように、「自分のやりたいこと」よりも、周りの言う「正しいこと」を一生懸命頑張っているからかもしれません。

頑張るのは決して悪いことではないですが、自分が本心でやりたいことじゃない場合、いくら頑張っても「自分の幸せ」「自分の理想の人生」は手に入れられないと思います。

「自分にとって何をすることが幸せなのか」というものは、100人いれば100人とも違うため、結局はあなたの幸せはあなたにしかわからないものだからです。

私の例でいうと、親が「会社で正社員として働いて地元の人と結婚して日本に住み続けること」が私にとっての幸せだと思っていたとしても、実際今の私にとっての幸せは、「会社に勤めずに自分で仕事をしてアメリカで結婚生活を送る」ということでした。

大切なのは、何が正しいのか?ではなく、何があなたを幸せにするのか?と言うことを知ること。

そして、自分の心、直感、ワクワクにそって、勇気を持って行動してみることだと思います。

とはいえ、「まず何から始めたらいいの?」という人や、「そもそもやりたいことがわからない」という人もいるかと思うので、まずは「やりたいこと知るための3ステップ」を紹介します。

ステップ1.「やりたくないこと」を紙に書き出す。

まずは、「やりたくないことリスト」を作っていきます。

恋愛、仕事、人間関係において、今不満に思っていることややりたくなことを思いつく限り紙に書き出してみましょう。

「え?やりたいことリストじゃないの?」と思ったたかもしれませんが、これにはちゃんとした理由があります。

特に日本人に多く見られる傾向ですが、多くの人が普段から無意識で、

「周りに迷惑をかけないようにもっと頑張ろう」
「あの人がこれをやっているから、私もそうしなきゃ」

といったように、親や周りの価値観に合わせて、ネガティブをポジティブにする努力をしています。

そのため、本当にやりたいことは、自分では自覚していなかったり、世間体や周りの意見に影響されていることが多いのです。

なのでここでは、まずはやりたくないことが何かを明確にすることで、自分が本当にやりたいことに気づいていくというアプローチをしていきます。

あなたが苦手なこと、嫌なことを徹底的に考えてみてください。

ステップ2.「やりたくないこと」を客観的に考えてみる。

やりたくないことリストが出来たら、次はそのリストを1つ1つ見ながら、どうしてあなたがそれらのやりたくないことをしているのかを考えていきましょう。

「本当はこんなことをやりたかったけど、それをやると親に反対されるから」
「自分は好きでやってるわけじゃないけど、そうしたら周りが喜んでくれるから」
「思い切ってチャレンジしてみて失敗するのが怖いから」

周りから否定されるから、周りに認めてもらえないから、自信がないから、等の理由が出てくるかと思います。

ここで大事なのは、自分がやりたくないことをやってしまうパターンを知ること。

「周りに流されている自分はダメなヤツだ」「自信がない自分が情けない」等のネガティブな感情が出てくるかもしれませんが、出来ない自分を否定する必要はありません。

まずは、自分が感じたままのことをそのまま受け止めてあげてください。

ステップ3.じゃあ、本当は何をやりたいのか?を考えてみる。

あなたの人生において、「やりたくないこと」「やりたくないことをやってしまうパターン」がわかったら、今度はあなたが本当は何をやりたいかを考えましょう。

もしも、あなたがやることが全て正しいことで周りの人達が笑顔で応援してくれるとしたら、あなたは何をやりたいですか?

「もしも、親から反対されないとしたら、こんなことやってみたい」
「もしも、周りのことを気にせずに好きなことだけやれるとしたら、こんなことがしたい」

○×ないところから、自分の思いを自由に書いてみましょう。

そうして出てきたものが、あなたが本当に心からやりたいことです。

どうでしょうか?

やってみたらわかりますが、ネガティブなことを考えるのは、実はやりたいことを考えるよりもずっと簡単。

私はこれをやってみたことで、最初は「自分のやりたいことって何だろう」とボンヤリしていたものが、「自分って、本当はこんなことしたかったんだ~」「こんなことを感じていたんだ~」と、自分のやりたいことがより明確になっていきました。

そして、自分がやりたくないことや何故それをやってしまうのかを100%自覚したことで、無意識のうちに「やりたくないこと」に時間を使うことがなくなり、そこで出来た時間を「やりたいこと」に使っていくようになり、、、

最終的には、「やりたいことしかやっていない」という今の状態に行き着きました。

誰にでも簡単に出来るし、効果は絶大です!

あなたも是非、やりたくないことリストを作って、あなただけの幸せの形を見つけてみてくださいね♪

以上が、エスのプロフィールでした^^

最後までご覧頂きありがとうございました。
国際恋愛や国際結婚、留学や海外生活に関すること、その他気になることがあればお気軽にお問い合わせください^^
頂いた質問・コメントには必ず目を通して、数日中にお返事いたします。
問い合わせフォームはコチラ。